2021年直木賞受賞「テスカトリポカ」佐藤究
この作品はクライムノベルと言われる犯罪小説で、麻薬や臓器売買をテーマとしています。
残酷な描写などがありますが、物語の展開も上手くて、思わずのめり込んで読んでしまう作品です。
佐藤究の鏡シリーズ最終作!
「テスカトリポカ」は、鏡シリーズの最終作です。ちなみに、他の作品は以下になります。
No. | タイトル | 出版年 |
---|---|---|
1 | QJKJQ | 2018 |
2 | Ank : a mirroring ape | 2019 |
3 | テスカトリポカ | 2021 |
どの作品も物語は繋がっていないのですが、全ての作品のテーマが「鏡」になります。
今回は著者の佐藤究さんの「テスカトリポカ」についてご紹介します。
※残虐な殺人行為などの描写が含まれますので、苦手な方はご注意ください。苦手でない方はぜひ読まれることをおすすめします。
「テスカトリポカ」あらすじと内容
あらすじ
メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、対立組織との抗争の果てにメキシコから逃走し、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会った。
二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へと向かう。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年・土方コシモはバルミロと出会い、その才能を見出され、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく――。
海を越えて交錯する運命の背後に、滅亡した王国〈アステカ〉の恐るべき神の影がちらつく。人間は暴力から逃れられるのか。心臓密売人の恐怖がやってくる。誰も見たことのない、圧倒的な悪夢と祝祭が、幕を開ける。
大雑把に説明すると、17歳少年・コシモが麻薬カルテルのトップ・バルミロと日本で運命的に出会い、闇ビジネスとテスカポリトカという神様を「知る」話です。
物語のはじまりは、コシモくんのお母さん・ルシア視点から始まります。
彼女がどういう経緯で日本に来てコシモを育てたのかが語られており、コシモがどういう状況下に置かれていたのかが描かれています。
その後、メキシコにいる麻薬カルテルのトップであるバルミロの視点に切り替わります。
バルミロがどういう経緯で麻薬カルテルに関わることになり、日本へやってきたかが彼視点で語られています。
そして時を経て、バルミロが臓器売買ビジネスのため日本へ訪れ、闇ビジネスの仲間を集めている時にコシモと出会います。
様々な登場人物の視点に切り替わる
「テスカトリポカ」の特徴として、みんな主人公のようにいろんな登場人物の視点に次々と切り替わります。
この切り替えがとても自然で、違和感なくスルスルと読めてしまう構成です。
実は前半〜中盤までが主要人物たちの背景説明で、中盤〜最後までがメインの日本での臓器売買ビジネスの話になります。
読んでいた時に、「こんなにページを割くほど説明したかったのか…?」と思ったのですが、たしかに登場人物たちの背景を読んでいると説得力が全然違ってきます。読み応えがめちゃくちゃある。
そして最大のテーマである、臓器売買の話とアステカ神話を上手く融合させており「あぁ、なるほどな」と納得する作りになっています。
この作品を書いた著者さんは、かなり物語の設定や構成を考えて作ったんだろうな、と素人でも感じられるほどの作品です。
※ここから先はネタバレを含みます。まだ読んでない方はご注意ください。
「テスカトリポカ」を読んだ感想・考察(ネタバレあり)
この作品は、非常に面白く興味深かった作品でした。
良かった理由は3つあります。
①物語としてかなり面白い
②臓器売買と神話を絡めても、違和感がまるでない
③キャラクターのバランスがとても良い
読んでる時は没入感が深くて、読み終わった後しばらくぼーっとしていました。
久しぶりに読むのに夢中になった小説でしたし、最後はなんともすっきりとした後味だったので拍子抜けしてしまいました。
なによりコシモと末永が、とても印象的で良いキャラクターでした。
以下からは気になった点を書いていきます。
末永の語りと「太文字」
この作品には頻繁に「太文字」を使って強調すべきところを強調しています。
使い方が非常にお上手でして、場面場面で読者に対して注目を集めるのと、少し作中の時間が止まったような印象を受けました。
また、太文字は全て「登場人物の想い」もしくは「強調したい事柄」の箇所に使われています。
作中で太文字を使ってる小説は数少ないのですが、使い方が上手くてとても読みやすかったのが良かったポイントです。
心臓売買ビジネスの話がめっちゃ面白い
特に面白かったのがP.219の末永の語りで、この部分には全て太文字が使われています。
恐らく一番食い入るように読んだ箇所です。
心臓売買ビジネスの話をしている場面なんですが、「商品の質」と「顧客満足度」の2点について話をしています。
一つ目は、「顧客満足度」を上げるために心臓の元持ち主が最後まで幸せに生きた証として、日記の提供をはじめました。
実は心臓移植をすると稀に「バイオセンチメンタリー(生物学的感傷)」というメカニズムが起こるそうです。
心臓移植は、「誰かの生命を犠牲にしている」と意識し、思わず患者は心臓の持ち主のことを考えてしまうため、精神的に落ち込む現象が起こる、と末永は言います。
現実にはない言葉なので恐らく創作用語なんですが、非常にリアルに迫っていました。(バイオセンチメンタリー(生物学的感傷)は事象としては存在する?)
そしてこれの対応策として、子供(=商品)が最後まで幸せに暮らしていたことを証明させるため、日記を書かせて顧客に安心させる施策を行いました。
二つ目は「商品の質」についてですが、どうやら世界中で環境汚染が酷いため商品の質(=心臓提供の持ち主)が悪くなっているそうです。
しかし日本では比較的空気が綺麗なため、どこよりも商品の質が良いということに気づいた末永は、日本で商売を始めることにします。
上記の部分を読んだ時は思わず感心してしまいました。
こんなこと思いつく著者はすごいです。まさに顧客のインサイトをきちんと突いてるビジネスだなあと説得させられてしまいました。
見事にビジネスとして成立しています。
非常識云々は一旦置いておいて、「末永」という人物の頭のキレに驚いたので、後でなにかやるだろうな〜と思ったら案の定、終盤では物語が急展開を迎えていました。
個人的に今まで読んできた小説の中で、ここまで理路騒然とした裏のキャラクターはいなかったので、テスカトリポカの中でも末永のキャラクターは実に良い働きをしているなと感じました。
語ってしまいましたが、あの部分だけを読むだけでも面白いと思います。おすすめ。
コシモ(小霜)という人間について
この作品の中で一番癒やされるキャラクターであり、読者から愛される存在だと思います。
主要人物はコシモ以外全員真っ黒な闇を持つ人間ばかりで、彼だけが純真無垢な人間でした。
私はずっとハラハラしながら最後まで読んでいたんですが、終盤のバルミロとの対決が非常にドキドキしました。
矢鈴がラリって、車の方向転換した時は「おいー!!!」と叫んだほどです。
対決後も後日談的な話で登場していますが、彼は結局救われていないと想像しています。
パブロの娘に上げたペンダントについて
ここからは個人的な仮説です。一つの妄想として書きます。
最後にコシモはパブロの娘に札束(300万以上?)と、黒石・翡翠・エメラルドで出来た木彫りのペンダントあげていました。
ペンダントの裏側にはコシモとパブロの名前が刻まれています。
その後アステカ神話の話に戻り、”テスカトリポカの怒りを抑えた英雄テスカコアトルに仮面と、翡翠の首飾りをつけて〜”という話がありました。
その部分から推測すると、コシモはバルミロから刷り込まれたアステカ神話をいまだ信じていて、ペンダントに刻み込まれる二人の名前から「自分たちは英雄テスカコアトルだ」と考えていること表しているのではないのでしょうか。
でなければ最後に、アステカ神話の英雄テスカコアトルの話を持ってこないだろうなと。
そうなると、やはりコシモはアステカ神話をまだ信仰しており、この後も信仰にもとづいた行動をするのではないかなと想像します。(=バルミロと同じ道?)
テスカトリポカの正体である、皆既月食だと気づいたとしても。
色々考えると辛い展開です。罪を犯しても純粋な部分があった彼が、そういう運命に変えられてしまったことが非常に辛いなと想像します。
何度も言いますが、以上は私の妄想です。
著者が伝えたかったことは別にあるかもしれませんが、最後に全ての元凶であるバルミロの祖母(リベルタ)の話で終わるところは皮肉で面白かったです。
佐藤 究さんの新刊発売中
「テスカトリポカ」が気に入った方は、ぜひ佐藤さんの新刊もチェックしてみてください!
2022年に発売されたもので、今回は短編集です。
あらすじ
爆発物処理班の遭遇したスピン…鹿児島県の小学校に、爆破予告が入る。
急行した爆発物処理班の駒沢と宇原が目にしたのは黒い箱。処理を無事終えたと安心した刹那、爆発が起き駒沢は大けがを負ってしまう。事態の収拾もつかぬまま、今度は、鹿児島市の繁華街にあるホテルで酸素カプセルにも爆弾を設置したとの連絡が入った。
カプセルの中には睡眠中の官僚がいて、カバーを開ければ即爆発するという。さらに同時刻、全く同じ爆弾が沖縄の米軍基地にも仕掛けられていることが判明。事件のカギとなるのは量子力学!?
他に、日本推理作家協会賞短編部門候補「くぎ」、「ジェリーウォーカー」「シヴィルライツ」「猿人マグラ」「スマイル・ヘッズ」「ボイルド・オクトパス」「九三式」を収録。あなたは、物語の転換点に立たされる
まとめ
他にも色々語りたい部分はありますが、長くなるのでここらで止めておきます。
結局、こうした騒動の全ての原因はバルミロの祖母(リベルタ)が、バルミロ4兄弟にアステカ神話について刷り込ませたことがきっかけです。
最後はおばあちゃんの語りで終わるというなんとも皮肉な場面ですが、総合的にはよくできた物語でした。
しかしバルミロとコシモの対決の場面はすごかったな…。
あの時、バルミロはコシモ(=テスカトリポカ)を視たんでしょうが、一人だけ気持ちよくなっちゃって、ま〜と思わなくもなかったです。
どこまでも信仰に振り回された幸せな人間です。
個人的には彼の幼少期を読むと悲しくなりましたが、物事の一面しか知らないのは幸せなことだなと思います。
著者の佐藤究さんについては、他の小説「QJKJQ」も読みましたが、今回の作品のほうが好みでした。
「クライム小説、バリバリ読める!」という方は、挑戦してみてください。
このサイトではいろいろとおすすめ小説を紹介しています。ご興味あればぜひご参考ください。
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